娘に対するベトナム語と日本語の悩ましい葛藤

このブログでも何回か書いていますが、日ごろの生活環境はベトナム語なので娘が生で日本語を聞く機会は私と話すときしかありません。私が話す日本語を聞いていくらかは理解しているものの、自分から日本語を発することは今のところほとんどありませんし、私と日本語で会話をすることもできません。

一方ベトナム語は3歳になったぐらいから急激に成長が見られ、今では妻ともそれなりにお喋りをしています。言うまでもなく親族や友達はみんなベトナム語なので、新しい言葉を学ぶ機会はそこら辺にあります。まあ喋りだしたら喋りだしたで色々やかましいのですが、言語獲得において今のこの時期に自分で言葉を色々発しながらお喋りをするのはとても大切なことです。

さて、私はというと普段娘に対して日本語しか使わないようにしているのですが、この前ちょっとした人形遊びに付き合ってあげたときに、特別にベトナム語を使って話をしました。(あくまで私ではなく人形がベトナム語を喋っているという体です。)

娘からすると普段日本語しか話さない私がベトナム語で自分に話かけているのが新鮮というのもあったのでしょう。また自分が分かる言語でお父さんが自分に対して喋っているという感情からか、明らかに嬉しそうな顔をしています。父親としてはそんな反応をされると、つい日本語に固執するスタンスを曲げてしまいそうになりますが、ここで私が日本語で話すのを止めると今後日本語に触れる機会はゼロになってしまいます。なのでやっぱりこれからも日本語で根気強く話していかなければなりません

とは言うものの、やっぱりあんな反応されるとどうなんだろうか、という気持ちがどこかに引っかかってしまいます。いわゆるバランスバイリンガルの難しさを感じる日々です。

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