御臨終に関する日越の違い

病院ではなく自宅で身内がなくなることは珍しくありませんが、その死亡判断の手順が日本とベトナムでは異なります。今回は日越の死亡判断に関する話をします。

日本の場合

自宅で誰かが亡くなった場合、事件性とかの疑いがないようにするため警察に連絡をして医者とともに死亡判断をすることになります。人の死は専門家が判断して初めて確定するのもので、素人が勝手な判断をすることはできません。ニュースなどでよく「搬送先の病院で死亡が確認されました」というフレーズがでますが、これもほとんどは即死なんでしょうが一応病院にいる医師でなければその判断ができないということが窺えます。

昔私の祖父が自宅で急死したときの話。そのときは祖母と祖父の二人暮らしだったのですが、朝起きると布団の中でそのまま亡くなっていました。祖母は急いで近くに住む叔父に連絡し、叔父はそれと同時に警察に連絡を入れたそうです。叔父は祖母に「すぐに警察が向かうから」と告げ自身も祖母の家に向かいましたが、祖母は祖父の亡骸が他人の目に晒される前にきれいにしておきたいと思ったようで、警察が到着するまでに着替えやら下の汚れの処理をしておいたんだとか。

これについて後から警察にお叱りを受けたようで、祖母は「そんなこと言われても。。。」といった感じで叔父が警察に謝っていたそうです。

ベトナムの場合

一方ベトナムで誰かが亡くなった場合、その死亡判断は素人が行います。身内の中でそういう死亡判断が自称「できる」という人は誰かしらいるものですので、ある程度事前にそういう役回りの人が選ばれています。判断の仕方はかなり古典的で鼻と口部分に薄い紙を当て、それが動かなくなったら脈や心臓の音を調べるような感じです。男塾の王大人も驚きの「死亡確認」です。

(王大人の取り巻きの存在は最後まで謎)

素人が勝手に判断して万が一まだ生きていたらどうすんの?って私としては思うのですが、ベトナム人から言わせれば「医者がわざわざ死亡の判断をするために自宅まで来てくれるはずがない。」ということで習慣の違いを感じさせます。

妻の身内では退役軍人の叔父がその役目を負っており、死亡判断以外にも毒蛇に嚙まれたときの対処など、まあ何かしらサバイバル関係の出来事が起きた際にはよく活躍しています。

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