ベトナム語の夢を見て思うこと

先日ベトナム語の夢を見ました。というか結構前からベトナム語の夢を見るようになりましたが、今回はそれについて感じたことを少し書きたいと思います。

子どものときの憧れ

確か中学生ぐらいのときにアメリカに留学していた人から英語で夢を見るようになったと聞いたことがありました。夢の中でも英語とは!と当時は驚き半分、それが英語力の一つの証明みたいに勝手に思ってましたので、何となく私も将来そういう風になれればと憧れを持っていた気がします。

私はこれまで実際に英語で夢を見た記憶はなく、単純に英語力の問題だけではなさそうだと感じたのが20代半ば。そんなことを漠然と思いながらまさかベトナム語の夢を見るようになるとは当時思いもしなかったでしょう。で、実際にベトナム語で夢を見たわけですが、目覚めたときに感動したかというと特にそういうこともありませんでした。

そりゃそうよ

夢で出てきたのは私の親族。とりとめのない話をしていて特筆するような内容ではありません。というかこの人たちはベトナム語しか喋らないわけですから、そりゃ夢の中でもベトナム語を喋るわなという話でして、逆に英語とか日本語でペラペラ喋っていたほうが奇妙なわけです。もともと夢は自分の脳が見せていると考えれば、まあそうなるのも当然かと。

子どものときに憧れていた「外国語で夢を見る」というのもいざ実現すると我ながらドライな反応でした。そんなどうでもいい話です。

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