ベトナム人の手待ち時間の過ごし方

手待ち時間の行動はその人の意識がよく出るものです。たいがいの経営者は手待ち時間をどのように有効活用するかあれこれ考えるわけですが、今回はベトナム人の手待ち時間の過ごし方について思ったことを書きます。

接客業の手待ち時間

スーパーやレストランで客がいなかったり(あるいはいても)すると、スマホで遊んでいたり従業員とおしゃべりに興じている店員はよくいますが、日本のように客がそういった光景を見て店側にクレームを入れるということはないので、大した問題にはなりません。最近ではそういった態度はよくないと考える企業も多く、店員の態度について教育しているところも少しづつですが出てきてはいます。

しかし個人商店になると客がいなかったらほぼ間違いなくスマホまたは備え付けのパソコンでネットサーフィンをしています。で、客が入ってきたら都度接客をするというもの。ベトナムに来たての頃はそういった光景に違和感を持っていましたが、当のベトナム人たちからすると、「客がいなくてすることがないんだからいいんじゃない?」ぐらいのものでした。

そこで私の中での感覚が改められることになるのですが、あくまで店番として雇っているという感覚の場合、客がいない場合は何をしてようが構わないということになるということ。私が考える、「拘束時間内に私用のことをするのはサボっている」というものは通用しないということでした。つまり給料の対価が何に置かれているかの違いです。

雇用者がそれでいいと考えるまでならそこまでです。客もサボっている店員がいたとしても自分に害を与えているわけではないから問題ないと思うのならOKでしょう。そういう意味では日本の客の店員に対する目線の厳しさのほうが異常なのかもしれません。

ベトナムの日系企業内でもこの考えは通用するだろうか?

しかしこのベトナムでの感覚が日系企業の会社員にそのまま移管されると困りものです。仕事がないから暇というのは本来あってはならないことなのですが、時期や状況などで、どうしても手持無沙汰な時間は発生してしまいます。特にオフィスワーカーであればどこの業界でもあることです。そういった時に前述のようにただボーっとネットサーフィンに走るのか、あるいは手待ちの時間にできるような雑務をするのかは、その人の性格、資質に依存することになります。

ある日系企業の担当者の話で、することがなく携帯ゲームで遊んでいたベトナム人従業員を注意したところ、「やることがないから仕方がないじゃないですか」と堂々と言い返されたそうな。ここまで堂々と言い返されるのはその人が舐められているからというのもあると思いますが、それに対して後ろめたさを感じない従業員というのも企業としては考え物です。

こういったことが起きないよう常に手持無沙汰な状況にならないよう作業を割り振れれば理想ですが、中々そこまでち密に作業量を分担するのは難しいのがほとんどの企業かと思います。他力本願はだめですが、やはりそういった状況のときに自分で考えて生産的な動きをしてくれるベトナム人従業員は重宝されるものです。

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