ベトナム語の「いただきます」から考える食事への文化性

ベトナムで食事するときにベトナム語で「いただきます」って何て言うのかな?と思うことは恐らくベトナム在住者ならほとんどの人が思ったことがあるのではないでしょうか。今回は日本語とベトナム語の「いただきます」を比較しながら解説したいと思います。

日本語の「いただきます」

日本語の「いただきます」は一体誰に向かって「いただきます」なのか?これは外国人からもよく出る質問です。

「作ってくれた人に「いただきます」と言ってるシーンはよく見ますが、自分で作って食べるときにも「いただきます」と言ってるのはなぜですか?」

定番の質問です。「いただきます」の由来は諸説ありますが、私は何かを食べるときには常に生き物の命を「頂いている」という由来を信じています。つまり自分が食事を作ったとしても「頂きます」と言って、その食材に対して敬意を払う。この精神は私個人的にすごく大事にしていまして、食べ物を粗末にしないとか、残さずに食べるといった教えに繋がってきていると思っています。食べ残しをよしとしない日本の文化は世界的にも称賛され始めているみたいですが、「いただきます」の意図を知れば無碍に食べ物を粗末にはしないと思います。

ベトナム語の「いただきます」は「どうぞ」?

まずベトナム語の「いただきます」は[xin mời]と言い、直訳すると「どうぞ」になります。日本語の「どうぞ」は色々な場面で使えますが、ベトナム語も同様で様々な場面で使うことができます。mờiには「勧める」の意味があり、食事の「いただきます」をより正確に言うなら「食べる」の意味に当たる単語[ăn]を加えて[xin mời ăn]と言います。

ベトナム語では人に勧める礼儀的な意味合いが強い

先ほど日本語の「いただきます=生き物の命を頂く」という話をしましたが、ベトナム語の[xin mời]は一緒に食べる人への礼儀の意味合いが強いです。これは自分が食べるにあたって年功序列に、あるいは目下の人へ遠慮させないように「どうぞ」と言って食べることを促す、そういった意味合いです。なのでベトナム人は一人で食べる際に[xin mời]とは言いません。

ベトナム人あるある:家族で一番下の立場は面倒くさい

一般的にベトナム文化では家族で一番下の人は、自分が食べる前に目上の人それぞれにxin mờiを言わなくてはならないと言われています(実際にベトナム人の家庭でいつもそうしているかはその家次第ですが、あくまで文化ではそうなっているという話です)。しかし家族と言っても祖父母や兄弟、その他合わせて大家族が多いベトナム。一人ひとり個別にこれを言っていかないといけないのでかなり面倒くさいと言います。例えばこんな家族構成があったとしましょう。

祖父母、父母、兄、姉、自分の7人家族の場合

この場合は一番下、つまり「自分」が食べるときは順番に上の人へ「いただきます」に当たる言葉を言っていく必要があります。一番丁寧に言っていくと以下のような形になります。

「cháu mời ông / cháu mời bà / con mời bố / con mời mẹ / em mời anh / em mời chị 」( *xinは近しい間柄では使わないのが普通です。)

ベトナム語の人称が分からなければ「何のこっちゃ?」となると思いますが、「自分 mời 相手」で目上の人から順番に言ってると理解してください。

日本語では「いただきます」一言で全て賄われますが、ベトナム語ではこの始末。ですがベトナム人の子どもも「こんなかったるいこと毎回言ってられるか!」となります。しかもお腹が空いて早く食べたいという気持ちも相まって、こんな感じでさっさと終わらせようとします。

「mời mời mời mời mời mời!」

でもって、「こら!ちゃんと言いなさい!!」とお母さんが叱る。ベトナムのサザエさん的な団欒です。

こんなベトナム語の「いただきます」ですが、せいぜい「本来の正しいやり方はこう言わなければならなんだよ」と子どもに教えているぐらいで、実際に言うのは限られたシチュエーションのみだと思います。

ベトナム人に食事に招かれた場合、またまた自分が食事に招いて皆に食べることを促す場合は以下のように言葉をかけるといいかと思います。

友人など遠慮がないような間柄の場合:「xin mời các bạn」

ベトナム語は相手に応じて人称が複雑に変わるのでこれに慣れるまでが大変ですが、慣れることができれば相手との関係性を推測するのに非常に役立ちます。